大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(う)2265号 判決 1954年3月22日

控訴人 原審検察官 田中良人

被告人 金麦秋こと金亮史

検察官 大久保重太郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役参月に処する。

この裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は横浜地方検察庁検察官検事田中良人名義の控訴趣意書と題する書面に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

所論により本件記録を調査し、本件の事実関係につき検討するに、押収にかかる証明願一通再交付申請理由書二通及び登録証明書引替申請書二通(昭和二八年押第七〇五号の一乃至三)及び原審における証人戸田昭二、栗木虔堂並びに被告人の各供述、検察官並びに司法警察員に対する被告人の各供述調書の記載を綜合すれば、被告人は昭和二十二年外国人登録令による登録が初めて施行された際、当時朝鮮に引揚げていた弟金海龍、金海[王奉]等が再び日本内地に来る場合を予想し、いずれも被告人自身の写真を添えて、被告人の本名である金亮史名義の外金麦秋、金学先の名義を以て合計三通の登録証明書の交付を受け、同年末頃弟金海龍が内地に帰来した際金学先名義の登録証明書を同人に与え、次いで昭和二十五年前記登録証明書の有効期間満了による再交付が行われた際、又も被告人自身の写真を添えて金亮史及び金麦秋名義の二通の登録証明書の交付を受けていたのであるが、昭和二十七年六月頃被告人の弟金海[王奉]が内地に密航し下関において逮捕された際、金亮史の名義を冒用して被告人に便りを寄せたので、被告人は前記金亮史名義の登録証明書を持つて大村収容所に行き、右証明書を弟の登録証明書であるといつて、金海[王奉]の釈放方を劃策したが、同人が既に密航を自白していた為その目的を達せず、その上金亮史名義の前記登録証明書を没収されるに至つた。その後昭和二十七年九月乃至十月に亘り、外国人登録法施行による新登録証明書の交付が行われることになつたので、被告人は前記金麦秋名義の登録証明書に自己の写真(眼鏡をかけたもの)を添え同年十月二十三日頃横浜市港北区長に対し同名義による自己の登録証明書の交付申請をなし、その頃右証明書の交付を受けた上、更に金亮史名義の登録証明書をも再交付を受けようと企て、同月二十六日頃横浜市神奈川警察署に右証明書の紛失届を提出し、同月二十八日頃その証明書の交付を受けた上、同日頃前記区役所において当該係員に同区長宛の紛失届、同証明書並びに自己の写真(眼鏡をかけていないもの)を添えて前同名義による自己の登録証明書の交付を請求したが、金亮史の原簿は大村収容所から送還通知により既に閉鎖されていたため当該係員に怪まれてその目的を達しなかつたものであることが認められる。

以上の事実に徴するときは、被告人は、昭和二十二年外国人登録令による登録施行当時より自己の本名たる金亮史名義の外金麦秋等の名義を以て登録証明書の重複交付を受けていたのを奇貨とし昭和二十七年九月より十月に亘り施行された新登録証明書の交付に当り、金麦秋名義による自己の登録を申請し、その登録証明書の交付を受けた後更に前記の如く自己の本名である金亮史名義による登録を申請したものであつて、この様に本名又は本名以外の氏名を以て登録を申請したものが更に右と異る本名その他の氏名を以て重ねて自己の登録を申請した場合においても外国人登録法第十一条第五項により準用される同法第三条第六項にいわゆる重ねて申請をした場合に該当するものと解するのが相当であつて、右申請の一方又は双方が同法第十八条第一項第二号にいわゆる虚偽の申請にあたるか否かは本条の犯罪の成否に消長を及ぼすものではないと云うべきである。(又同条にいわゆる重ねて申請をするとは本件のように申請書類を当該係員に提出するを以て足りそれが適法な書類として受理せられなかつた場合でも申請をした場合に該当すると解するのが相当である)。

しかるに原審は右条項は同一人が自己名義で重ねて申請することを禁ずる趣旨であつて、本件のように同一人が異つた名義で申請をした場合は右条項に該当しないとの見解の下に本件について無罪の言渡をしたのは法令の解釈適用を誤つたものであつて、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、検察官の本件控訴は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書により原判決を破棄し、当裁判所において更に判決をすることとする。

案ずるに被告人は朝鮮人で外国人登録法所定の外国人に該当するものであるが、昭和二十七年十月二十三日頃横浜市港北区長に対し金麦秋名義の旧外国人登録証明書を返納し、同名義による自己の登録証明書の交付の申請をしたのにかかわらず、同月二十八日頃更に同区長に対し金亮史名義の旧登録証明書の紛失届を添えて重ねて同名義による自己の登録証明書の交付の申請をしたものであつて、右事実は前掲各証拠を綜合してこれを認定する。

法律に照らすと被告人の所為は外国人登録法第十八条第一項第四号第十一条第五項第三条第六項同法附則第八項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内で被告人を懲役三月に処し諸般の情状に鑑み刑法第二十五条を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予すべく、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷中董 判事 荒川省三 判事 脇田忠)

控訴趣意

原判決は法令の適用に誤りがあつてこの誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免ぬがれないものと考える。原判決は本件公訴の事実に対し、外国人登録法第三条第六項には「外国人は第一項の申請をした場合は重ねて同項の申請をすることが出来ない」とあつて右条項は同一人が自己名義で重ねて申請することを禁ずる趣意であつて本件の如く同一人が異つた名義でそれぞれ申請をする場合は右条項に該当しないと見るべきである。然して前記公訴事実に見る如く本件公訴はあくまでも第二回目の金亮史名義で申請した行為のみを対象としているのであつて(第一回目の金麦秋名義をもつてする申請行為は単に外国人登録法第三条六項に該当する行為を構成するに必要ないわば構成要件の一要素として記載されているに過ぎない)然もこの金亮史名義による申請行為たるや真実であつて何ら罪とならないものである。然らば本件は無罪と認定するを至当とする。と判示し被告人に対し無罪判決を言渡した。

仍て先づ証拠に基いて本件に関する被告人の行為を略述し次で判示の誤りを指摘する。被告人は朝鮮人である。二、三才の頃両親と共に日本に来て京都や大阪で学校を終え昭和十七年東京に来て麻布区六本木の建設技術学院に入り昭和二十一年三月卒業し同じく二十二年四月世田谷区玉川武蔵工業大学土木科に入学して現に在学中であつた。(記録八十五丁)昭和二十二年外国人登録令が出来た際に当時日本に居た父と弟金海充と被告人の三人が登録をしたのであるが更に別の名義を以て登録証明書を入手して置き何等かの場合に役立てようと企図し被告人は被告人自身の写真を夫々使用して金亮史名義の登録申請をした外更に自己のペンネーム「金麦秋」及「金学先」と云う虚無人名義を以て三重の登録をしたのである。然るに偶々昭和二十二、三年頃弟金海龍が朝鮮から密航して来たので前記虚無人名義である「金学先」の登録証を同人に与えた。その後昭和二十五年登録証明書の切替えがあつた際被告人は自分が持つて居た前記の金亮史及金麦秋の各名義の登録証明書の切替申請を二重にして新たに其の名義の証明書を貰つて持つていた。昭和二十七年六月頃弟金海[王奉]が日本に密航して来て下関で逮捕され同人が被告人の名前金亮史を使つて被告人に便りをよこしたので被告人は金亮史名義即ち自分自らの登録証明書を持参して弟金海[王奉]の釈放を求めるため大村収容所に行きその証明書を弟金海[王奉]のものとして差出したところが弟の密航が同所に判つていたので其の証明書を取上げられたのである。ところが昭和二十七年九月下旬より十月二十八日まで新に制定された外国人登録法に基いて旧登録証明書の切替えが行われた際被告人は十月二十三日に前記の自己のペンネーム金麦秋名義の登録証明書を横浜市港北区役所に返納し更に右金麦秋名義で登録切替への申請書に自己の写真を添えて新に又同名義の証明書の交付を申請し其の二日位後に該証明書の交付を受け之を被告人が自分のものとして使用していた。一方金亮史名義の証明書が大村で取上げられていたので被告人は十月二十六、七日頃神奈川警察署に金亮史の登録証明書の紛失届を提出して同署より紛失証明書を貰い同月二十八日港北区役所に被告人の写真右紛失届同証明書及び切替申請書等の所要書類を持参し之を係員栗木虔堂に提出して右金亮史名義の新登録証明書の交付を求めたものである。以上の如く被告人は自己のペンネーム金麦秋名義で登録切替への申請をなして登録証明書の交付を受けながら更に被告人の本名金亮史名義の登録切替の申請を重ねてなしたことは明白であつて同一人が自己のペンネームと本名を使用して二重に登録申請をなしたものである。

以上の事実に対する判示に付き次に反対意見を開陳する。原判決は法第三条第六項は同一人が自己名義で重ねて申請する事を禁ずる趣旨であつて異名で申請をした場合は同条項には該当しないと判断したけれ共右は全く根拠のないものである。法第三条第六項の「重ねて登録をする」意義は右判示の様に所謂同一人が同一名義のみを以て申請する場合のみと狭義に解する必要は毫もないのである、他人の名義を冒用した場合又虚無人名義を使用した場合或は自己の通称其の他俗名ペンネーム等の名義を使用した場合であつても同一人が苟も重複して市町村長に対して登録を申請した場合は同項の「重ねて申請した場合」に含まれるものと解すべきである。旧外国人登録令第十三条第三項には第四条第三項の規定に違反して二以上の市町村の長に登録の申請をしたものを処罰する規定があるが之とて必ずしも同一人の名義で申請することを要するものと解すべき理由はない。況んや新登録法第三条第六項には単に「重ねて同項の申請をすることが出来ない」と規定するのみであつて旧令の如く別個の町村長に申請した場合に限らず同一市区町村長に申請する場合をも予想したものと解すべきである。然して同一市区町村長に二重三重に申請するのは概ね同一人名義を以てしては直ちに発見される虞れがあり事実不可能に近い又他町村に亘つて申請する場合も同一人名義では係員の不注意などの場合にのみ受理せられ得るものと考える、然らば判示の如く同一人名義で二重に申請する場合は実際上異例であり本件の如く別人名義の申請の方が多いものと思料する。斯様な事例を禁遏するのでなければ二重登録を処罰する本条項の実益が少ないと信ずるものである。本件は被告人が始めに自己の為にする意思をもつて自分の写真を使いペンネームである金麦秋名義の登録証明書の申請をした上更に今度は被告人自身即ち金亮史名義の登録証明書の交付を求めて所要書類を港北区役所の係員に提出して申請をしたのであるから明らかに被告人が本条項に所謂「重ねて申請した」ことに該当すると言はなければならない。原判決が自己の本名以外の名義を使用して申請を為した場合は虚偽登録の申請に該当すると言うことは所論の通りであるが虚偽登録は名義を偽つた場合のみならず其の他登録申請の重要部分の内容に虚偽があつた場合を謂ふのであつて本件の如く同一人が名義の如何を問はず数回に亘つて登録申請をなした場合は二重登録の罪に該当することは勿論その登録申請の一部又は全部が或は虚偽登録申請罪となる場合もあり得るけれども之を虚偽登録罪で問擬して二重登録罪では問擬すべからずと狭く判断するのは誤りと謂うべく要は外国人登録法の目的とする法第一条の所謂「本邦に在留する外国人の登録を実施することによつて外国人の居住干係及び身分干係を明確ならしむる」為の趣旨を徹底せしむる必要があり本件に付いて原判決の如く解するならば法の目的を阻害するものとも断ぜざるを得ない。然らば即ち原判決は法律の解釈適用を誤り此の誤りが判決に影響を及ぼした事明らかであるから刑訴法第三八〇条第三九七条に依り当然破棄を免れないものと思料する。

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